Mon, Oct 08

  • 00:40  BSプレミアム『裸にしたい男「竹野内豊」』。昨日偶然チャンネルを回してリー・ストラスバーグ演劇研究所が出て来たので見たんだけど、本当に良質なドキュメンタリーだった。名声も実績も手にしたが、何処か見えない「壁」を感じている一人の俳優が、自分と向き合う切っ掛けを得る迄の話。
  • 00:54  自らを語る俳優の口振りには、何故か冷ややかな笑いが混ざる。レッスンが始まっても、彼はそれまで求められてきた二枚目のイメージを決して崩そうとはしない。ドキュメンタリーのカメラは、自分で築いた見えない壁の向こうに閉じこもっている俳優の滑稽な姿を、残酷なほどありの儘に描き出す。
  • 01:07  教師はレッスンを通じてその見えない壁に風穴をあけようとする。俳優はカメラを意識し、カメラが求める自分であろうとする余り、壁を破る事ができない。伝わってくるのは、彼がこうした仕事をするには優し過ぎる人間であり、それ故強烈に自己を抑圧してきた事。壁の後ろに見え隠れする苦悩と怒り。
  • 01:20  教師は云う「あなたは頭で考えてる。頭は役に立たない」。音楽を流して、踊り狂う。動物園に行き、ハイエナを見る。四つん這いになって、ハイエナになるレッスン。動物の存在感を背骨に通し、そのまま立ち上がる。壁が崩れ、俳優の目付きが、これまで見せた事のなかった野性味を帯びたものに変わる。
  • 01:40  「ひとつだけ聞きたい。誰があなたから"怒り"を奪ったの?」という教師の言葉は、大震災と原発事故の後も上辺だけの平常運転を装う国や都市や自分自身にも突き刺さってくるように思えた。自己と他者の間に橋を架けるには、「役割」を身に纏う前に「人間」としての感情を取り戻さなければならない。
  • 01:57  勿論野性を取り戻すだけでは表現にならない。壁を築いて暴れ出さないようにして来た「それ」すらも客観視し、表現の道具として使うのがメソッド演技であり、教師は俳優の身体的なクセの意図せぬ表出を徹底して指弾する。表現行為は、他者の無意識を意識的に操作する技術の上にはじめて成立するのだ。
  • 02:11  客観視=自己を他者として見ることだから、「他者の無意識の意識的な操作」は、自己の肉体と精神をまるで他者のものであるかのように冷徹に把握する所から始まる。逆に自己を冷笑するということは、自己の中に含まれている他者をも侮蔑すると云う事だ。そんな状況から出て来る表現は無力だろう。
  • 22:07  RT @bananaparadisso: 山中先生の研究所で正規雇用はたったの11% 残りは非正規雇用で2014年度には終了。先生が走り回って3億5000万集めたがまだ不足。この分野を押さえるか否かが日本の科学技術と経済の戦略的分岐点なのだが、公務員の給与は一律削減。
  • 22:08  RT @bananaparadisso: 京大の多田先生のES細胞成熟体細胞の融合の研究、理化学研究所の林崎先生のES細胞で働く遺伝子DB、東大の北村先生が開発したベクター、と必要なピースが続々と登場した時代だった。ノーベル賞を取る人って天に愛されているな。
  • 22:08  RT @bananaparadisso: 難病患者さん団体の集まりへの山中先生の出席率は基礎研究者としては異例の高さ。期待も大きいし、患者さん側からの必要な細胞の提供もスムーズになされている。医学研究としてはとても良い歯車が回っている。
  • 22:10  RT @KotaniMari: 秋の夜長はファンタジーだなー。 何度も読み返したいファンタジー小説 ベスト10  :日本経済新聞 http://t.co/Mun08S9B
  • 22:57  ファンタジー読みなら誰もが頷かざるを得ない手堅い(手堅すぎる?)ラインナップ。これが日経に載ったとは素晴らしい。 http://t.co/2erqXb6B 『トムは真夜中の庭で』の2位が個人的に嬉しい。あの物語には、人間と建築空間の豊穣な関わり方の本質が捉えられていると思う。

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